「数字を求めすぎると逆のことが起きる」。荒井世弥氏が語る、自分らしさを軸にした指導と、地域に根ざした店づくりについて取材しました。
取材対象者:We are. 代表 荒井 世弥氏
新卒で都内の大手フィットネス企業に入社後、大手パーソナルジムでの勤務を経て、レンタルジムでのフリーランス期間を経験。地元・横浜にパーソナルジム「We are.」を開業し、3周年を迎えた。
駅伝選手からパーソナルトレーナーへ、ファッションに惹かれた入り口
荒井世弥氏の経歴には、意外な一面がある。
- 学生時代は陸上競技に打ち込み、駅伝選手の経歴を持つ
- 就職活動では一度スポーツから離れることも検討し、銀行など堅い業界からも内定を得ていた
最終的に選んだのは、まったく異なる道だった。
- 当時アメリカで流行し始めていた「暗闇バイク(暗闇サイクルフィットネス)」に強く惹かれた
- ジムの中でファッション性のあるウェアやグッズが販売されている様子に、これまでにない新しさを感じた
- 「暮らしに溶け込むライフスタイル」という感覚が、自分の中でしっくりきた
「なんかファッショナブルだなというか、今までにないなっていうところを感じたり」
体を動かす仕事という以上に、その世界観そのものに魅力を感じたことが、荒井氏のキャリアの出発点になった。
掃除で気持ちを整える ― 大人数レッスンで学んだこと
新卒時代、荒井氏が配属されたのは大人数向けのグループレッスンの現場だった。
- 一つのクラスに50〜60人が参加する規模で、レッスンを担当
- 大人数のクラス後、更衣室は髪の毛や指紋で荒れることも珍しくなかった
そこで先輩から教わった言葉が、今も残っている。
「掃除って、気持ちが整うんだよ」
- ファッション性やライフスタイルに惹かれて入った業界だったが、その裏側を支えているのは更衣室やロッカーを整えるという地道な作業だと気づいた
- ブランドの見え方と、その裏側の地道な積み重ねは表裏一体であるという学びが、この経験から生まれた
- この感覚は独立した今も続いており、ジムだけでなく自宅のクローゼットなど身の回りの整頓にも表れているという
もう一つ、大人数のレッスンで培われたのが、対人観察力だった。
- 50〜60人規模のレッスンでは、前列の受講者よりも、むしろ遠くにいる目立たない受講者の方が意外とよく見える
- そうした受講者に積極的に声をかけることを意識していた
「その人がどう笑顔になってくれるか、楽しくトレーニングしてくれるか」
自分がどう見られるかではなく、相手がどう反応するかを軸に考える。この視点は、後のパーソナルトレーニングでの顧客対応にそのままつながっている。
指名ランキング1位、突き詰める姿勢という武器
約1年の海外滞在を経て、荒井氏は大手パーソナルジムへ転職する。
- 未経験ながら現場に立つ機会が多く、指名ランキングという明確な数字目標があった
- ゼロの状態から学び続け、ランキング1位を獲得
- その後、店舗責任者としてマネジメントや成果管理も経験した
1位になれた理由を、荒井氏は自身の特別な才能ではないと分析する。
- 突出したルックスや体格があったわけではない
- 人の話をよく聞くこと、相手への興味、そして体をどう良くするかを突き詰める姿勢が土台になっていた
「人の話を聞かないトレーナーって、多分今は意外と少ない」
若手や新人トレーナーを見てきた経験からも、話を聞く姿勢を持つトレーナーは決して珍しくないという。だからこそ、突き詰める深さこそが差になると荒井氏は考えている。
この時期の環境も、荒井氏の土台を作った。
- スタートアップに近い環境で、トレーナー業務と並行してスクール事業の資料作成なども担当
- AIがまだ普及していない時代、深夜まで手作業で資料を作り込む日々が続いた
「ガムシャラさみたいなのを学べた点はとても良かった」
数字を求めすぎると、逆のことが起きる
指名ランキング1位という実績を持ちながら、荒井氏が語る「指名されるトレーナーの資質」は、意外にもシンプルなものだった。
「自分らしくいることが1つだと思う」
- 数字や結果を追い求めすぎると、かえって空回りしてしまう
- 結果を出そうと意識しすぎることが、逆の結果を招くこともある
経営者として数字と向き合う立場になった今も、この感覚は変わらない。
- 数字は経営上もちろん見るべきものだが、そこばかりを見すぎると他のことが見えなくなる
- 「重要だけれど、それだけを追いかけるものではない」というバランス感覚を大切にしている
独立を意識し始めた背景にも、この感覚が関係していた。
- 実績や数字を追い続けても、心のどこかで満足しきれない部分があった
- 会社への恩や成長させてもらった感謝はありながらも、「誰かに動かされている」という感覚がずっと残っていた
数字を追うことと、自分らしくあること。この2つのバランスを模索する中で、独立という選択肢が現実味を帯びていく。
会員が増えないレンタルジム時代、だが無くさなかった「根拠のない自信」
大手パーソナルジムを退職後、荒井氏はレンタルジムを使ってフリーランスとして活動を始める。
- SNSでの発信も試みたが、当初はほとんど集客につながらなかった
- 独立前から自分についてきてくれていた顧客からの紹介が、活動の頼みの綱だった
- 生活が厳しくなった時期には、フィットネスとは無関係のアルバイトで生計を立てていたこともある
会員はまったく増えなかったという。
「これはやばいなと感じました。また会社員として働くことを考える時期もあった」
そんな中で訪れたのが、地元・横浜の物件との出会いだった。
- 生まれ育った横浜で何かをやりたいという思いは、以前から持っていた
- 空いている物件を見つけた瞬間、深く考えることなく契約を決めた
「理由も根拠も何もない、変な自信みたいなものが、自分を突き動かした」
計算も勝算もなかった。それでも「根拠のない自信」だけは失わなかった。この自信が、荒井氏の背中を押した。
チラシをやめて、森のような空間づくりに賭けた
出店直後、荒井氏は当初、ポスティングによる集客を試みた。
- 不特定多数へのチラシ配布は精神的にも厳しく、先が見えないトンネルのような感覚だったという
- 早々に方針を転換し、路面店という立地を活かした集客に切り替えた
- 店頭に看板とチラシを設置し、通りがかりの人の目に留まる形にシフト
- チラシを配るのではなく、置く。この小さな変更が転機になった
空間づくりにも、明確なこだわりがあった。
- 一般的な個人パーソナルジムは、無機質でスケルトンな内装に機材を置くスタイルが多い
- 荒井氏の店舗は、自然素材を取り入れ、植物を多く配置したカフェのような空間を目指した
「人ではなく、場所を打ち出して、空気感を作っていた」
内装の施工は、父親が営む内装業に依頼した。
- 「こうしたい、ああでもない」と細部までこだわりを伝え、納得のいく空間に仕上げた
- 通りすがりの人が「ここ何だろう」と足を止める、その興味の積み重ねが、開業1年目の集客につながっていった
無機質さではなく、居心地の良さで人を呼び込む。この発想が、荒井氏の店舗づくりの核になっている。
地域に根付くという戦略 ― 隣の飲食店とのコラボ
集客が軌道に乗り始めた背景には、もう一つの要因があった。地域とのつながりだ。
- 店舗の両隣が飲食店という立地で、地域同士のつながりが強いエリアだった
- 隣接するハンバーガー店とコラボレーションメニューを企画。玄米や無添加といった、ナチュラル志向を軸にした健康的な内容にした
- 都内のコーヒー店を招いての出張イベントも、これまでに3〜4回実施
- ジムに直接関心のない人にも店の外でコーヒーを楽しんでもらい、そのままジムの中を見てもらう機会を作った
地元のクリニックとの法人契約にも、この地域とのつながりが結びついている。
- 近隣の医師がチラシを見て連絡をくれたことがきっかけで、福利厚生としてのパーソナルトレーニング契約に発展した
「地域に根付いた、という点が結構大きいかもしれないですね」
派手な広告ではなく、地道な関係構築の積み重ねが、荒井氏の店の認知を広げていった。
ジムとして身体を鍛える場所だけではなく、人が自然と集まり、新しい出会いが生まれる場所でありたい。その思いから地域とのコラボレーションを続けている。
独立を目指す人へ ― 経験と、自分の軸
独立を目指す人に向けて、荒井氏が伝えるアドバイスは2つある。
まず、どんな経験も無駄にならない
- 深夜まで資料を作り続けた新卒時代のような、根性が求められる時期も含めて、経験は必ず糧になる
そして、自分の軸を持つこと
- 何を届けたいのか、パーソナルトレーニングを通してどうありたいのか
- この問いへの答えが、迷った時に立ち返る場所になる
「自分の軸になるので、迷った時はそれに立ち帰ればいい」
独立に踏み切る勢いを支えたのも、遡ればこの軸だった。
- 地元・横浜への思い、そして自分らしくあることへのこだわり
- 数字だけを追わないという姿勢は、独立前から一貫していた
経験を積み重ねること、そして自分が何を届けたいかを見失わないこと。この2つが、荒井氏の独立を支えた土台だ。
取材後記
荒井氏の歩みには、一見矛盾するような二つの要素が同居している。
- 突き詰める堅実さ:指名ランキング1位を支えた、地道に学び続ける姿勢
- 根拠のない自信という勢い:会員ゼロの苦しい時期を経て、横浜の空き物件の契約を即決した決断力
この二つが噛み合った先に生まれたのが、無機質さを避け、森のように落ち着ける空間というブランドの個性だ。「身体は人生を楽しむための土台」という荒井氏の考え方は、店づくりにも、指導方針にも一貫して表れている。
数字を求めすぎない。だが、自分の軸だけは手放さない。その姿勢が、会員ゼロから始まった横浜の一軒を、地域に根ざした場所へと育ててきた。踏み切る勢いの裏には、いつも本人の言葉で語れる理由があった。それが、荒井氏の独立の形だ。
Personal gym We are. とは
神奈川県横浜市にあるパーソナルジム。「身体は人生を楽しむための土台」という考えのもと、呼吸・姿勢・動きを重視した指導と、森のように落ち着ける空間づくりを大切にしている。
Instagram(トレーナー):https://www.instagram.com/seiya_weare55/
Instagram(ジム):https://www.instagram.com/personalgym_weare/


